空涙は無用に候(そうろう)
2017年 05月 18日
【空涙は無用に候(そうろう)】
※そら涙、うそ涙、虚言=空言、
※博多弁の「すらごと」=虚言、空言(そらごと)。
※空は「から」とも読むが・・・。
葬式や通夜への参列にも正岡子規がいうように「空涙は無用に候」です。
命あっての物種という言葉がある。
何事も命があってこそ初めてできるものだ。命を落とせば元も子もない。
私、子どものころはこの「物種」がわからなかった。
死んじゃっちゃ仕方がない、何たって、命があってのものだからね~!くらいに考えていた。
心がなければ物なんて、たかが物、たかが車、単なる道具でしかない。
「ありがとう」という言葉は「心あってのありがとう」であり、心がなければ、「条件反射」でしかない。
贈り物だって心があってのものです。正直なところ迷惑な貰い物であっても、心があれば苦情は言えない。
公務にあるものが仕事上で贈り物を受け取るのは、心がこもっていれば悪い。
感謝の気持があれば、その恩ある相手に言ってはならない言葉がある、してはならないことがある。
空涙は無用に候(そうろう)
つまりは、「心」が伴わない「空(から)」の部分は徹底的に「断捨離」して、空涙から自由になって、感動の日々を送ろうではないか。
残念ながら、「心を置き忘れた」金欲、物欲、権力欲、名誉欲、出世欲、とにかくこの「欲」がつくと、ロクなことはない。
世の中を不幸にするだけである。
空涙は無用に候(そうろう)
つまりは、「心」が伴わない「空(から)」の部分は徹底的に「断捨離」して、空涙から自由になって、感動の日々を送ろうではないか。
残念ながら、「心を置き忘れた」金欲、物欲、権力欲、名誉欲、出世欲、とにかくこの「欲」がつくと、ロクなことはない。
世の中を不幸にするだけである。
※そら涙、うそ涙、虚言=空言、
※博多弁の「すらごと」=虚言、空言(そらごと)。
※空は「から」とも読むが・・・。
葬式や通夜への参列にも正岡子規がいうように「空涙は無用に候」です。
命あっての物種という言葉がある。
何事も命があってこそ初めてできるものだ。命を落とせば元も子もない。
私、子どものころはこの「物種」がわからなかった。
死んじゃっちゃ仕方がない、何たって、命があってのものだからね~!くらいに考えていた。
心がなければ物なんて、たかが物、たかが車、単なる道具でしかない。
「ありがとう」という言葉は「心あってのありがとう」であり、心がなければ、「条件反射」でしかない。
贈り物だって心があってのものです。正直なところ迷惑な貰い物であっても、心があれば苦情は言えない。
公務にあるものが仕事上で贈り物を受け取るのは、心がこもっていれば悪い。
感謝の気持があれば、その恩ある相手に言ってはならない言葉がある、してはならないことがある。
空涙は無用に候(そうろう)
つまりは、「心」が伴わない「空(から)」の部分は徹底的に「断捨離」して、空涙から自由になって、感動の日々を送ろうではないか。
残念ながら、「心を置き忘れた」金欲、物欲、権力欲、名誉欲、出世欲、とにかくこの「欲」がつくと、ロクなことはない。
世の中を不幸にするだけである。
空涙は無用に候(そうろう)
つまりは、「心」が伴わない「空(から)」の部分は徹底的に「断捨離」して、空涙から自由になって、感動の日々を送ろうではないか。
残念ながら、「心を置き忘れた」金欲、物欲、権力欲、名誉欲、出世欲、とにかくこの「欲」がつくと、ロクなことはない。
世の中を不幸にするだけである。
by Gonchan2019
| 2017-05-18 23:36
| 記憶遺産・人生観
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